2025年11月1日に施行される建築基準法施行令の改正は、防火・避難に関する技術基準の見直しと、既存建築物の適合義務の緩和を柱としています。対象は、オフィスや商業施設、学校、医療・福祉施設、宿泊施設、工場など幅広い用途の新築・改修プロジェクト、さらに既存建築の大規模修繕を予定する事業者です。結論として、一定の設計自由度が拡大し、改修コストの見通しが立てやすくなります。一方で、「国土交通大臣が定める基準」による性能確認が鍵となるため、設計・審査・施工の各段階での実務対応が重要です。
改正の背景
性能規定化の流れと、木造大規模化・複合化の進展、そして既存ストックの更新需要が背景にあります。最新の火災安全知見や設備技術の進歩を前提に、画一的な仕様規定を見直し、合理的な防火・避難性能が確保される範囲で柔軟な設計解を認める方向です。既存建築物に対しては、必要以上の「全面的な現行適合」を求めず、リスクに応じて重点箇所を絞り込むことで、社会全体の更新を促進する狙いがあります。
改正の主なポイント
仕上げ・下地の不燃要件の柔軟化(高層部・竪穴・避難階段)
11階以上や竪穴部分、避難階段・特別避難階段の天井・壁について、仕様一律ではなく「大臣が定める基準」に適合すれば、不燃・準不燃相当の措置と評価される整理になります。これにより、新素材やシステム天井などの活用余地が広がります。
小屋裏の隔壁規制の緩和(強化天井・排煙の組合せによる代替)
木造で建築面積300㎡超の建築物でも、強化天井や排煙設備等の条件を満たし、避難・防火上支障がないと認められる場合は、小屋裏隔壁の設置を不要とできる範囲が拡大します。体育館や大空間の意匠・設備計画に効きます。
窓のない居室の判定基準を性能で再整理
いわゆる「無窓居室」の扱いは、給気口・排気口の構法と、天井・壁の「開放できる部分」の面積比を組み合わせた性能評価へ。採光・換気・煙制御の観点から、用途や天井高に応じた合理的な設計が可能になります。
排煙設備の設置・構造の見直し(防煙壁・自然排煙口・位置要件・特殊認定)
高さ31m以下・延べ面積500㎡超・階数3以上の居室などを中心に、防煙壁の対象・性能が拡大し、天井から下方に突出する梁も条件に応じて防煙要素としてカウント可能になります。自然排煙口は不燃材料の義務付けを外し、排煙口の設置位置は床から天井までの距離に応じた「大臣基準」で明確化。さらに、特殊構造の排煙設備は個別の大臣認定により適用除外として柔軟に扱えます。高天井や複雑な天井形状の空間で、計画自由度が一段と高まります。
大規模木造・同一敷地複数棟の通路基準を合理化
延べ面積1,000㎡超の大規模木造や、同一敷地に一定規模の複数棟がある場合の「周囲通路」について、建物の規模・構造に応じて必要幅員・離隔等を大臣基準で定める方式に。敷地一体開発での動線・防火計画が現実に即して最適化しやすくなります。
エレベーター・小荷物専用昇降機の適用範囲の整理(簡易リフトを除外)
建築基準法上の規制対象から、事業場に設置される労働安全衛生法上の「簡易リフト」を除外。所管・規制体系が整理され、工場・倉庫の内部物流設備の計画・更新で手続きを分かりやすくします。
既存建築物の現行基準への適合義務をピンポイント化
屋根・外壁・軒裏など、対象や工事部位に応じて「大規模の修繕・模様替え」を行っても、一定範囲では現行基準への全面適合を要しない整理に。既存木造大規模建築を含む改修で、コスト・工程への影響を抑えつつ安全を確保する考え方が明確になります。
実務への影響・企業の対応策
まず、2025年11月以降に確認申請・着工する案件では、社内設計標準・仕様書・チェックリストを改定し、「大臣が定める基準」への適合確認フローを新設してください。仕上げ・下地の不燃相当、梁を用いた防煙区画、自然排煙口の材料要件、排煙口の位置設定は、BIM上の属性・集計条件やCFD等の性能検証手順と連動させると審査対応がスムーズです。
大規模木造や複数棟開発を扱うデベロッパー・設計事務所は、敷地通路の要求値が「固定幅」から「性能・条件に応じた基準」へ移る前提で、避難安全検証・延焼防止・車両進入計画を再テンプレ化しましょう。物流・製造業では、簡易リフトの扱いが整理されるため、労働安全衛生法側の点検・手続きスキームとの役割分担を施設管理マニュアルに明記し、建築基準側の確認対象から外れる設備の棚卸しを行うと混乱を避けられます。
既存建築の改修・リニューアルを多く扱うオーナー・PM会社は、適合義務の緩和範囲を踏まえ、屋根・外壁・軒裏など工事項目別の「現行適合要否マトリクス」を用意し、やらなくてよい工事を切り分けてコスト・工程を最適化してください。テナント入替えや区画改変を伴う場合は、防煙壁・排煙設備の新ルールのもとで天井形状や梁配置の自由度が増すため、内装計画のバリエーションが拡大しますが、必ず性能確認と消防協議の前倒しを行い、審査機関との事前相談記録を残すことが肝要です。
材料・建材メーカーは、準不燃・不燃相当の評価や自然排煙口の仕様見直しに合わせ、カタログ・試験成績の表記を「大臣基準の適合証跡」に接続できる形へ更新を。ゼネコン・サブコンは、施工計画・検査要領書の改訂と、梁を活用した防煙計画や強化天井の施工ディテールに関する社内教育を実施しましょう。
施行時期と今後のスケジュール
施行日は2025年11月1日です。多くの条文で「国土交通大臣が定める基準」が参照されるため、関連告示・技術的助言・質疑応答(Q&A)の整備が実務運用を左右します。企業側は以下のタイムラインを目安に準備を進めてください。
- 2025年10月:改正要点の社内周知、案件影響の洗い出し、審査機関・消防との事前協議枠の確保。
- 2025年11月以降:新規案件は原則新基準で設計。既存建築の大規模修繕は適合要否マトリクスで工程・コスト再試算。
- 告示・Q&A公表後:設計標準・チェックリスト・BIMテンプレート・積算歩掛の全面更新、メーカー仕様書の差し替え。
経過措置が定められているため、確認申請時期や工事段階に応じた適用関係の確認を必ず行いましょう。
まとめ
本改正は、火災安全を確保しつつ設計・施工の自由度を高め、既存ストックの更新を現実的に進めるための見直しです。企業としては「性能基準の適合証跡づくり」と「既存建築改修の選択と集中」を軸に、設計・審査・施工・維持管理の各プロセスをアップデートすることが重要です。早期の社内基準改定と関係当局との事前協議体制の整備により、案件の不確実性と手戻りを最小化できるでしょう。
引用元情報(本文にリンクは挿入していません)
官報:令和7年9月3日 本紙第1541号、政令第310号
国土交通省資料:建築基準法施行令の一部を改正する政令(防火・避難関係規制等の見直し)
WestlawJapan 法令あらまし:「建築物の防火・避難関係規制等の見直し」(令和7年9月3日公表、施行期日:令和7年11月1日)